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臨床心理士 田代信久 たしろのぶひさ

横浜国立大学大学院卒。
近畿大学九州短期大学講師 、 臨床心理士
研究分野:神経科学一般 、臨床心理学 、実験心理学
活動紹介URL
著書:「スクールカウンセリングマニュアル」(日本小児医事出版社 )ISBN 978-88924-172-3。

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「アートと心の関係」

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110712_1011~01.jpg現代の心理学はEBM(Evidence-based medicine)が重要であり,そのことを念頭に置かなければカルトとなってしまうのである。

「心とは」おそらく脳内物質の様々な結合や増加・減少による生理反応と仮説的に考えられており,それは現時点でもっとも妥当な考え方である。しかし、それだけでは人間における「心」の理解としては不十分である。そのため人間理解としてのアートをみるという病跡学がある。病跡学とはパトグラフィー(Pathographie)の日本語訳である。そして,病跡学とは精神医学及び臨床心理学視点から「人間の創造性に光を当てる」ものであり,まさにアートと心の関係である。

過去,有名なところでは作家のゲーテの創作が盛んな時期とスランプの時期は彼の躁うつ病(双極性感情障害)の時期と一致していること,工芸家の草間彌生の常同的な(同じテーマ性が延々と繰り返し出てくる)アートは彼女が統合失調症であるということ,そしてそれぞれ生み出されたアートは病を持つ故の心象の反映と言うことが出来る。

このような精神科疾患だけではなく,印象派の巨匠であるクロード・モネの視力障害による独自の絵画世界はアートと心の範囲に含めても良いと考える。

なぜなら,心身を分けることは不可能である。これは,最初に述べた生理反応が「心」の中心だからである。もっとも、「アートと心」の関係は後付の理屈がいくらでも付けられる恣意的な「訓詁解釈趣味」に堕する可能性もあり,特に精神分析理論を適応する場合は注意が必要である。これは,解釈の背景となっている理論の妥当性が不明なものがあるからである。同様に医学的診断も時代の制約を免れないものであり,現時点の医学知識で見直した知見を利用する必要がある。
心とは何かは今の所は不明である。そしてその心の産物であるアートと心の関係は「そのように思われる」というレベルである。

しかしながら,やはりアートは心を映し出す光であり陰なのである。
未だ100%は解明出来ていない人間の心の反映物であるアート,そしてアートとして生み出された物は作者自身の姿なのである。

描く事が与える児童への良い影響

110712_1217~03.jpeg描くことは果たして良い影響だけなのだろうか?
児童が絵を描くことは行為としては良い行為である。一方で,そこに心理療法的な意味合いをいたずらにいれることは適切とは言えない面もある。たとえばTrauma(トラウマ=心的外傷)があるケースなどでは安易に描かせることにより,外傷体験を再体験させる危険性もあるからである。

しかしながら,一般的な健康度を持つ児童にとって描くことは創造的な行為である。
描くことにより「創造性」を作り上げていくという良い影響があるのである。

では創造性をとはいったいどのような定義ができるのだろう?創造性を作り上げる因子として「流暢性=発想の豊かさ」「柔軟性=発想の多様さ」「明確さ=発想の明確さ」の3つを教育心理学者のJ. P. Guilfordらはあげている。そして,この3因子を中心とした創造性を測定する試みが行われてきたが,確実な創造性を測定できる決定打となる検査は現時点では存在をしていない。

なぜなら,ゲシュタルト心理学者M. Wertheimer らが述べているように創造とは問題場面での試行錯誤による解決ではなく,見通しを立てて行動するという平凡な発想といわゆる創造性とでは連続性がないとい う考え方があり,それ故に測定をする立脚点(因子)を現実には定めにくいということがその大きな原因であろう。

しかし,創造性の飛躍的な思考の面ばかりに注目をしても非創造的である。
創造性は突然のヒラメキよりも常日頃の努力の結果で生まれ出るという考え方が教育的であり,同時に「描く行為」に良い意味を与えるものだからである。それは,創造性の3因子は突然,児童の中で生まれる物ではなく「描くこと」というひとつの行為を通じて鍛錬されていく面もあるのである。さらに,描くことは視覚でとらえた平面的世界を立体的なもので描くということがとても大切な訓練につながっていくのである。なぜなら,それは発達心理学者のJ.Piajet の発達段階理論で言う形式的操作期,(抽象思考が出来るようになること=理論的思考が出来ること)につながっていくために欠かせないからなのである。

つまり,児童が描くことの良い影響は創造性だけではなく論理的な考え方が出来るための抽象思考が可能となるような訓練という側面があるのである。

「描く効用」

SN3P0035.jpg描くという行為は外の世界に対して表出をすることである。
つまり,表出とは「たまっていたもの」の排出という側面で捉えることも出来る。

一方で,心理療法の世界で良く言われるカタルシスとは「たまっていたものが排出」され、「その結果,心の緊張」がほぐれることを指しているのである。S. Freudによる治療において言語表出によるカタルシス効果を述べたものがある。有名な症例では「O. アンナ」「エミー・フォン・N.夫人」などである。

しかしながら,「カタルシス」は神話ではないかという指摘がある。H.F. Ellenberger がその著作で検証をしているように,S. Freudの行ったと(されている)治療の後日談を見る限りにおいてカタルシス効果はいささか美化され過ぎており,その効用についてのEBMに基づいた効 果の調査がなされておらず,「カタルシス神話」が一人歩きをしている観がある。

もっとも,「描く効用」が全く無い訳ではない。ただ,「描かせること」により「表出」が行われ,それが「カタルシス」につながり,「それ故の効用がある」という直線的な因果律モデルが成立をしないだけである。さらに,「芸術療法=絵画療法」なども直接的な効果というよりも絵画なりの媒介物を通して関係を作り上げていくものであり,過剰に描くことそれ自体に心理療法的効果を求めることは控えなければならない。

それでは,描く効用はいったいなんなのであろうか?
おそらく,1つの答えになるものとして,発達段階(知的水準)を見るものということが出来る。
発達検査のなかでDAM検査(グッドイナフ人物画知能検査)というものがある。これは「人物をなるべく正確に」描いてもらう検査である。この検査は鈴木Binet式知能検査との相関係数がr=.525でありそこそこの知的水準をみるのに適したものである。知能だけではなく,描画行動には「筋肉の発達・運動機能・眼と手の協応(感覚運動協応)・認知機能」が必要になってくるのであり,そのよういな微細運動と協調運動の発達状態を見ることが出来るものである。

つまり,「描く効用」をあまりに心理的な面だけで理解するのではなく発達段階を見ていくという効用への理解も欲しいのである。

臨床心理士 田代 信久